NISTEP注目科学技術 - 2023_E93

概要
【心の健康を促すレジリエンスの生命科学・医学研究】生命科学・医学の進歩により我々の高次脳機能やその破綻としての心の病の生物学的機序が分子・細胞・組織・臓器・個体にわたる階層縦断的因果律として理解でき、その理解に基づく疾患の予測や予防・治療法の開発が進められつつある。一方、心の健康の定義やそのメカニズムの理解は大きく遅れている。心の健康の鍵となるのが心の病からの回復を促すレジリエンスである。レジリエンスは逆境にあっても数多くの人々が心健やかに暮らせることから生まれた概念で、心理学的研究が先行してきたが、その生物学的機序は不明である。またレジリエンスの欠如が心の病を促すと考えられつつも、レジリエンスを標的とした予防・治療法開発も進んでいない。慢性ストレスによるうつ病のマウスモデルを用いた研究では、レジリエンスの強い個体と弱い個体での現象を対比することで、レジリエンスの生物学的メカニズムに迫る研究が実現し、心の病と独立して、レジリエンス固有の神経回路の存在が示された。この研究を発展させることで、レジリエンスの神経回路やその働きを支える分子・細胞生物学的機序、レジリエンスの個体差を生み出す生物学的メカニズムを解明する。さらに、ヒトのレジリエンスを担う脳基盤、認知社会特性、ゲノム要因、分子メカニズムを調べて、モデル動物のレジリエンスのメカニズムと対応する。以上の研究を通じて、心の健康を促すレジリエンスの生物学的メカニズムを解明するとともに、レジリエンスをリアルタイムに予測し増強する技術基盤を創出する。
キーワード
メンタルヘルス / 精神疾患 / 脳科学 / 橋渡し研究
ID 2023_E93
調査回 2023
注目/兆し 注目
所属機関 大学
専門分野 ライフサイエンス
専門度
実現時期 5年以降10年未満
分析データ 推定科研費審査区分(中区分) 10 (心理学)
分析データ クラスタ 33 (脳科学・心理学・認知科学)
研究段階
上述の通り、心の病に対するレジリエンスに固有の生物学的メカニズムを調べるためのモデル動物の実験系は確立された。レジリエンスのメカニズムを病態のそれと分離するにはレジリエンスに付随する生命現象を経時的に解析することが不可欠であるが、そのための脳活動や身体機能の計測技術や数理モデル構築、マルチオミクスデータにおけるクラスター解析や擬時間解析も開発されている。またヒトの脳イメージングやニューロフィードバックなどの脳活動操作技術、大規模コホートによるゲノム研究、iPS細胞研究などにより、ヒトのレジリエンスを担う脳基盤、ゲノム・環境要因、分子メカニズムを調べることも可能となっている。しかしこれら最先端技術を用いたレジリエンス研究は端緒に着いたばかりであり、今後のレジリエンス研究の発展が大いに期待される。
インパクト
心の健康を促すレジリエンスとその個人差の生物学的メカニズムを解明することで、従来の心の病の研究から心の健康の研究へのパラダイムシフトを引き起こせる。脳活動や生体機能の計測、マルチオミクスデータ、ゲノム・環境情報に基づいてヒトのレジリエンスを予測するとともに、ニューロフィードバックなどの脳活動操作技術や環境要因の制御により、ヒトのレジリエンスを増強して心の病を予防できる。WHOの統計では約半数のヒトが生涯に一度は精神疾患に罹患すると言われ、新型コロナの流行によりさらに精神疾患の罹患率や自殺率も高まっている。従って、レジリエンスの予測・操作法の開発は、心の病に起因する社会問題の解決に大きく貢献する。
必要な要素
上述の最先端技術を使ったレジリエンス研究の発展はまさにこれからである。多様な最先端技術や生物種のレジリエンス研究を統合し、レジリエンスの予測・増強法を開発するためには、多様な専門性を有する研究者の連携・共同研究を加速するための学際的研究領域の創成が不可欠である。