NISTEP注目科学技術 - 2023_W148

概要
情報処理に要する原理的なエネルギーコストの限界として、ランダウア(Landauer)限界というものが知られている。それは、1ビットの情報を処理する際に、kTlog2のエネルギーが必要だという原理である(kはボルツマン定数、Tは温度)。これは熱力学第二法則の帰結として得られる普遍的な原理限界で、いわゆる情報熱力学に関連して盛んに研究されている。ランダウア限界は、無限にゆっくりと時間をかける(準静的な)情報処理においてその限界を達成することが出来る。実験室におけるデモンストレーションのレベルであれば、ランダウア限界を実際に達成する情報処理が既に複数のデバイスで実現されている。
 しかし、現在実用化されている計算機においては、ランダウア限界の100万倍以上のエネルギーが消費されていると見積もられている。言い換えると、物理原理の観点からは、計算機の消費電力は現在の100万分の1にすることが可能だということである。しかしそれは技術的に容易なことではなく、そのような超低消費電力の情報処理を実験室のレベルを超えて実用化する道筋は見えていないのが現状である。
 もっとも、CMOSデバイスの集積度の指数関数的な上昇により、1ビットあたりの消費電力は現在指数関数的な減少を続けている。今のペースを外挿すると、おそらく約50年後にランダウア限界に到達するはずである。しかし、CMOSデバイスの動作原理がそもそも準静的ではなく熱力学的に不可逆であるため、そのような単純な外挿は実現しないとも考えられる。
 そこで一つのヒントとなるのが、非平衡熱力学の理論研究において近年注目されている、熱力学不確定性関係(thermodynamic uncertainty relation)や熱力学速度限界(thermodynamic speed limit)だと考えられる。これらは、準静的ではなく高速な情報処理を行う際に必要なエネルギーコストの限界を定める関係式だが、理論的にも明らかになっていない点が多く、実験研究はほとんど未開拓の状況である。
 このように、ランダウア限界を達成する情報処理がもし実用化されれば、経済や社会に与えるインパクトは大きいと期待されるが、その道筋は理論的にも不透明であり、まずは物理の基礎研究を堅実に行っていくことが重要だと考えられる。
キーワード
情報熱力学 / ランダウア限界 / 非平衡熱力学
ID 2023_W148
調査回 2023
注目/兆し 兆し
所属機関 大学
専門分野 ナノテクノロジー・材料
専門度
実現時期 -
分析データ 推定科研費審査区分(中区分) 13 (物性物理学)
分析データ クラスタ 1 (データサイエンス/情報数学・離散数学・数値計算)
研究段階
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インパクト
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必要な要素
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