NISTEP注目科学技術 - 2023_E64

概要
牛の第一胃内における発酵を制御することにより、1.非タンパク態窒素化合物からタンパク質を大量に合成する技術、および、2.デンプンを多く含有する穀物の給与量を減らしてもプロピオン酸を生成して乳量増加や良質な脂肪蓄積が可能になる技術の実現。
キーワード
ルーメン / タンパク質合成 / プロピオン酸 / 濃厚飼料 / 自給率
ID 2023_E64
調査回 2023
注目/兆し 注目
所属機関 大学
専門分野 ライフサイエンス
専門度
実現時期 5年以降10年未満
分析データ 推定科研費審査区分(中区分) 42 (獣医学、畜産学)
分析データ クラスタ 25 (食品化学・栄養学)
研究段階
 1のルーメン内のタンパク質合成については現象および原理はこれまでに明確にされているものの、積極的にタンパク質合成を促進する技術については現在も未熟なままである。以前、私自身が企業との共同研究を行っており、基本的な技術の開発まで進んだ時点で所属大学の移動および研究環境の変化により、現在は研究開発を中断している状況である。
 2のデンプンが少ない条件におけるプロピオン酸発酵の促進については、専門分野において重要課題とされており、その現象は明確であるものの原理についてはまだ十分に解明されていない。
 いずれの技術も、輸入飼料を減じて食糧自給率を向上させる上で、キーとなると考えられる。
インパクト
 世界的な食糧不足が世界人口の増加により迫る中、ウクライナ紛争のような突発的な出来事により緊急的な食糧不足が起きると、我が国においては輸入食糧・飼料価格の高騰によって食糧の高騰および離農者の増加、ひいては畜産物の国内生産量の大幅な減少に繋がってしまうのが現状である。特に、タンパク源となる食糧の安定供給については、輸入穀物に頼る畜産業および輸入化石燃料に頼る漁業による供給体制は、我が国では絶望的に脆弱な状況にある。
 畜産業におけるタンパク質生産を無機化合物からアミノ酸・タンパク質を合成するという視点で俯瞰した場合、これらの合成は牛などの反すう家畜によってのみ可能となる。他の家畜ではアミノ酸・タンパク質を合成しているのではなく、飼料中のアミノ酸やタンパク質を消化吸収後に利用しているため、現在の生産量を維持するためには飼料、特に穀物の海外からの輸入量を減じることは難しい。
 一方、反すう家畜においては、無機窒素化合物を第一胃内部生物の増殖速度に合わせて供給することにより、タンパク質の合成量や合成効率を向上することができる。この技術が実現できれば、タンパク源となる大豆粕等の輸入飼料を大幅に減ずることができる。
 また、デンプン質飼料を与えた際に第一胃内微生物により合成されるプロピオン酸は、乳牛の乳量や肉牛のサシの生産に関与しているため、高い能力有する牛になるほどデンプンを多給する必要がある。しかし、牛の中にはデンプン供給量を減じても高いプロピオン酸供給が維持される個体が散見されており、もし、この仕組みが解明されて第一胃内発酵の制御が可能になれば、現在の飼料用トウモロコシの輸入量を大幅に減ずることができる。
 これらの技術は、牛などの反すう家畜の乳や肉の生産量を維持したまま、特に穀物の輸入量を大幅に減らし、我が国の真の自給率の向上に寄与するものと考えられる。
必要な要素
 特に、2のプロピオン酸発酵の制御は仕組みが分かっていないため、現時点ではどのような制御技術が必要であるか予測できないため、この技術の実現のためには、まず、低デンプン下で促進されるプロピオン酸発酵の仕組みを解明する必要がある。