NISTEP注目科学技術 - 2023_E519

概要
今後実現が期待される科学技術として、Th-229原子核を利用した「原子核時計」が挙げられる。
原子核は一般的にMeV程度の励起準位を持つが、Th-229原子核は8 eV程度という極端に低い励起準位(Th-229m)を持つ。8 eVというのは、既存のレーザー技術で到達可能なエネルギーである。そのため、Th-229原子核をレーザーで8 eVの準位に励起し、励起の共鳴周波数を求めることで、原子核時計を実現できると期待されている。原子核は軌道殻電子により外的環境から遮蔽されているため、原子核時計の精度は、既存の最高精度の原子時計(光格子時計、イオントラップ光時計)よりも一桁以上も高くなると予測されている。このような精度の時計が実現できれば、時間が標高の違いでわずかにずれることを利用して(一般相対性理論)、数mm程度の標高の違いを時計のずれから検出することが可能となる。これにより、地殻変動をリアルタイムで検出して地震の発生を高精度に予測するなどの応用が期待される。
キーワード
原子核時計 / 量子関連技術 / レーザー / 原子時計 / 相対論的測地学
ID 2023_E519
調査回 2023
注目/兆し 注目
所属機関 公的機関
専門分野 その他
専門度
実現時期 10年以降
分析データ 推定科研費審査区分(中区分) 15 (素粒子、原子核、宇宙物理学)
分析データ クラスタ 37 (電磁波・光学・レーザー・光半導体)
研究段階
原理・現象が科学的に明らかになった段階である。
Th-229mの存在は50年ほど前から予測されていたものの、最近ようやくその存在が実験的に明らかになった。そして、海外および日本の研究者により、励起エネルギーが8.3 eVと決定された。一方、日本の研究者により、放射光を利用してTh-229mを人工的に生成する手法が確立された。この技術を利用して、Th-229mの半減期などの原子核時計の実現に必要なパラメータを決定しようという試みが現在行われている。また、日本の研究者により、3価のTh-229mイオンをイオントラップし、可視光のレーザーによりそれを高感度に検出する手法が確立された。この技術は、8.3 eVのレーザーでTh-229mが生成したかどうかを確かめることができるため、原子核時計の実現のために極めて重要である。
インパクト
上述の通り、原子核時計が実現できれば、時間が標高の違いでわずかにずれることを利用して、数mm程度の標高の違いを時計のずれから検出することが可能となる。これにより、地殻変動をリアルタイムで検出して地震の発生を高精度に予測するなどの応用が期待される。また、GPSの精度向上等にもつながると期待される。一方、原子核時計により微細構造定数の経時変化を高感度に観測できると予測されている。つまり、原子核時計により標準模型を超える物理が発見できる可能性があり、極めて大きな学術的インパクトが期待される。
必要な要素
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