NISTEP注目科学技術 - 2023_E484

概要
微分方程式や差分方程式などによって記述されるプロセス駆動型の数理モデルは,物理系の諸現象を典型例として,それらの現象に対する深い理解とそれに基づく非常に正確な予測を可能にし,人類に科学技術革命をもたらした.これらの系では対象となるものがすべて一定の量として何らかの形で計測することが可能である場合が多く,その意味で対象が定量されていることが重要である.こうした予測をよりよくするためには,未だ量として明確に定義されないもの,すなわち現象の中に潜む不確実性(モデル化できない量やノイズなど)を定量化してモデルに取り込む必要がある.これに対して,21世紀に入り発達著しいAIや機会学習などのデータ駆動型の数理モデルによって,これら定量が難しいとされたものが特徴量として抽出できるようになってきた.過去10年のデータ科学の発展は,このデータ駆動型の数理モデリングの発展に大きな研究進展があった.これらの二つの数理モデリングにまつわる科学技術をもとにした,さらなる未来予測可能性を考えるとき,プロセス駆動型による正確な予測を困難にする要素として,モデル化できないスケールやノイズといった従来の数理モデリングでは排除できない不確実性がある.またデータ駆動型モデルは現在あるデータの可能性から内挿的にもっともあるべき状態を予測するという技術のため,それを将来起こりえる可能性までこめて外挿的に予測することにはまだまだ不十分なところがある.このような背景から,今後は,これら二つの数理モデルのそれぞれの特徴をうまく活かしながら,これら二つのモデルが導き出す結果を高次元で統合して,これまで予測が不可能であった複合的な要素が複雑に絡み合う諸現象(生命・医療・環境・人文分野など)の新しい予測を可能にする科学技術「予測科学」を確立する必要がある.これは数理科学・統計科学・情報科学といった理論分野の高いレベルでの融合が求められており,世界的には不確実性定量化(Uncertainty Quantification)という学術分野として発展しつつある.
キーワード
不確実性定量化 / 数理モデリング / データ同化
ID 2023_E484
調査回 2023
注目/兆し 注目
所属機関 大学
専門分野 その他
専門度
実現時期 5年以降10年未満
分析データ 推定科研費審査区分(中区分) 61 (人間情報学)
分析データ クラスタ 46 (データサイエンス/機械学習・AI)
研究段階
UQ科学には,二つの科学技術要素の高次での統合が必要である.理論側を支える科学技術領域は数理科学・統計科学・情報科学である.これらの理論科学はそれぞれの分野の独自の発展を遂げてはいるもののUQを支えるためにより高度に数理科学やデータ科学の研究分野の連携を通じた研究開発は重要である.確率論・統計科学・数理モデリング・数値解析学などはUQを支える数理科学分野としてその原理的な基盤は整備が進んでいる.一方で,これを「予測可能性やUQ」という観点でこれらを統合しながら,そのクロスポイントで生まれる新しい理論科学の開発が今後必要になってくると考えられる.一方,予測を必要とする応用側の課題においては,予測向上にむけて,諸現象のDX化を通してこれまで量として捉えられないと考えられていたものをどのように定量しそれを活かすかという観点での研究開発が必要不可欠になっている.
インパクト
現在の社会課題として捉えられる気象・気候などの環境分野,DNA・細胞から生態・進化までを扱う生命分野,複雑システムとしての人体を扱う医療分野などは,一般にその予測が難しいとされている.これらのモデルの特徴として (1) 時間や空間スケールが違う現象が複雑に繋がっている(2)定性的な情報や経験に基づく記述がいまだ多く残され活用できていないなどの課題を共通に抱えている.この数理モデルなどのプロセス駆動モデルとAIや機会学習などのデータ駆動モデルを用いて,スケールをまたいだ予測やこれまでに活用されていなかった不確実性をうまく定量化し,従来困難とされた事象の予測が可能になる.たとえば環境では気候変動の影響や予兆をより正確に予測し,その対策を適切な時期におこなう,医療分野において病気の予測とその予後の正確な予測により,Quality of Lifeが向上,あるいは病気になる予兆をとらえて健康寿命が伸びるなどが可能になる.また人間の意思決定においてもこれまで定量されていなかったものをUQによって定量することができれば,社会的合意形成の一助としてこうした科学技術の成果が活かされることが期待される.
必要な要素
UQを支える数理科学や情報科学,統計科学分野の研究この分野を支えるものであり,課題解決を念頭においた予測科学の実現に向けて足りない要素観点がある.まず,UQを通した予測科学という観点で生まれる理論三分野の連携・融合による新しい研究開発の支援をどう進めるかという観点は欠かせない.もう一つは解決すべき(応用先の)課題を定量するためには応用研究者と理論研究者がともに問題解決を目指すような研究開発体制の弾力的な構築が重要である.