NISTEP注目科学技術 - 2023_E467

概要
生命科学、再生医療、疾病診断の分野では、標識処理を行わないで細胞を簡便迅速に識別、分析する方法の出現が望まれている。現在大量の細胞を処理する観点から、細胞表面抗原を蛍光標識する蛍光フローサイトメトリーが最も普及しているが、細胞の形状変形や変質を非標識で検出する有効な手段は未だ開発途上にある。今までにコールターカウンターを代表とする細胞の誘電率を指標に細胞を識別するインピーダンスフローサイトメトリーが多数報告されているが、細胞内外の詳細な状態(形状、小器官分布等の物理量、脂質量、成分、質量等の物質量)を同時に瞬時に測定するまでには至っていない。
 一方、電極と交流電圧印加を採用したインピーダンスフローサイトメトリー手法は、微小な流路を流れる微生物の多周波数でのインピーダンス信号の特徴を計測することで、細胞の外的構造としての形状・サイズや細胞膜の状態など、内部構造としての細胞質成分や小器官の状態・数量・分布などをリアルタイムで測定できる。これらインピーダンス信号の特徴を深層学習で分析し、さらに、複数種類の情報を統合することにより、超高速立体イメージング手法が実現し、これまでの顕微鏡よりも優れた、細胞の高精度で統合的な情報が得られるようになる。この手法は生命科学、再生医療、疾病診断の分野において、これまでにない変革をもたらすと考える。
キーワード
深層学習 / マイクロ流体デバイス / 製薬選別・個別化医療・生命科学研究の自動化・高効率化・知能化 / 超高速計測
ID 2023_E467
調査回 2023
注目/兆し 注目
所属機関 大学
専門分野 ライフサイエンス
専門度
実現時期 5年以降10年未満
分析データ 推定科研費審査区分(中区分) 90 (人間医工学)
分析データ クラスタ 6 (分子生物学/診断・治療)
研究段階
インピーダンスフローサイトメトリーは、細胞の誘電率、膜特性、サイズ、および体積測定に使用されているが、既存の計測パラメーターは限られているため、複雑な形状や小器官の分布など、詳細な空間的情報を測定することはできない。最近、イタリアやアメリカの研究グループは、上下の2方向に電極を配置することで、細胞の変形能力を調査する研究を報告されている。また、インピーダンス計測手法の知能化に関するイタリア、中国、アメリカの研究グループからの報告があるが、これらは単一の計測対象と計測項目を用いた研究の模索段階にあたり、まだ微生物の多項目の統合的な知能計測の実現には至っていない。
インパクト
薬品開発、再生医療や病気における細胞内外の状態変化(変形・変質など)を研究するため、個々の細胞についてその多様な状態を迅速且つ統合的に定量分析することが求められている。例えば、再生医療では、幹細胞と分化過程にある細胞の状態の精密な識別が求められている。がんなどの病気のしくみを解明するためには、正常な細胞ががんに変わる過程を詳細に調査・研究する必要がある。また、血液病の場合、複数種類の血液細胞(赤血球、血小板、白血球細胞)の形状・細胞質・核などの状態情報が診断の重要な指標になる。様々な原因に誘起された細胞の多様な状態変化は、細胞膜構造、細胞質の成分または小器官の異常などによるものであり、原因を特定するには、細胞の多様な状態特徴(細胞膜・形状・体積・細胞質成分・小器官の数と分布・核膜など)を迅速で高精度(リアルタイム)且つ統合的に計測し、定量的に分析する必要がある。
上記のことが高効率・高速に実現できれば、既存の計測機器類の産業分野だけではなく、生命科学、再生医療、知能製薬など幅広い分野で、これまでにない、破壊的なイノベーションを引き起こす強力なツールとなる可能性がある。
必要な要素
実現に向けて必要な要素は下記の3点になる。
1:半導体技術を用いた微細立体電極の作製技術、進行中
2:多種多様で微弱な交流電気信号の高精度・高感度採取技術、進行中
3:電気信号の特徴と細胞内外の状態の特徴との関係・相関を機械学習で解明し、統合分析・判断できる知能システムの構築技術、データーベースの拡張など進行中