NISTEP注目科学技術 - 2023_E356

概要
相分離創薬
「相分離創薬」とは、近年注目されている細胞内「液-液相分離」現象を利用した新たな科学領域であり、これまでにない新規な創薬アプローチを指します。液-液相分離とは、細胞内の特定の分子(特にタンパク質や核酸などの生体高分子)が流動性のある液体状の凝縮体(液滴とも呼ばれます)を形成する現象です。最近の研究によって、この液滴の内部で多くの重要な生物学的プロセスが制御されていることがわかり始めています。また、この相分離プロセスの異常が、神経変性疾患などの多くの難治性疾患の発症に繋がることも判明しつつあります。
相分離創薬は、この液-液相分離現象を制御する新しい医薬品の開発を目指しています。これらの医薬品は液-液相分離のプロセスを正常化することで、細胞機能の異常を回復させ、疾患の発症を防ぐと期待されています。
既に幾つかのスタートアップ企業が海外を中心に立ち上がっており、巨額の投資を受けて技術開発が推進されています。この科学技術は、新規の治療法の確立に繋がると期待されており、将来的に疾患の理解とその治療に革新的な影響を及ぼす可能性があります。
キーワード
液-液相分離 / 神経変性疾患 / タンパク質 / 核酸 / 創薬スクリーニング
ID 2023_E356
調査回 2023
注目/兆し 注目
所属機関 公的機関
専門分野 ライフサイエンス
専門度
実現時期 5年以降10年未満
分析データ 推定科研費審査区分(中区分) 43 (分子レベルから細胞レベルの生物学)
分析データ クラスタ 6 (分子生物学/診断・治療)
研究段階
「相分離創薬」の研究はまだ新しい領域であるため、その大部分は基礎研究の段階にあります。研究の多くは、細胞内の相分離現象の理解を深めることに焦点を当てています。ここには、どの生体高分子が液-液相分離を起こすか、それがどのように生物学的機能を果たすか、液-液相分離の異常がどのように疾患につながるかなどが含まれています。また、相分離創薬の実現には、液-液相分離によって発生した液滴に医薬品を送達し、その状態を制御することが求められており、これまでのタンパク質の機能を阻害する医薬品のように1:1対応の形で働く従来法とは大きく原理が異なります。そのため、相分離創薬のためのスクリーニングを実現するには新しい技術開発が必要です。現時点では、「相分離創薬」に基づく治療法が臨床試験段階に達したという報告はほとんどないと思われますが、相分離創薬の分野は急速に発展しているため、近い将来には新たな進展が見られる可能性があります。
インパクト
「相分離創薬」が具体的な治療法の確立に結び付けば、そのインパクトは極めて大きいと考えられます。例えば、現在治療法が限られているALSやアルツハイマー病などの神経変性疾患などの難治性疾患に対する治療法が開発されれば、現在進んでいる高齢化に対して大きなインパクトがあると考えられます。医薬品の開発にいたらなくても、細胞内で液-液相分離がどのように機能し、疾患にどのように関連しているのかに関する理解が深まれば、疾患の発症メカニズムについての新しい洞察が生まれ、新規の疾患予防や診断、治療のための戦略が生まれると期待されます。また、相分離現象の理解により従来の医薬品の副作用やその効果を高める手段が明らかになる可能性もあります。
必要な要素
第一に、液-液相分離現象自体の理解とそれが細胞機能、特に疾患の発症とどのように関連しているかに関する知見を蓄積することが不可欠です。そして、疾患の発症や進行に関連する液-液相分離の過程を同定し、創薬のターゲットを決定する必要があります。その後、それに作用する薬物を探索する必要があります。これには、スクリーニングのための新規の分析プラットフォームが必要になります。また、相分離現象を標的とした薬物設計や最適化のためのツール開発も求められます。
留意すべき点としては、液-液相分離現象は生体高分子に普遍的な現象である点です。これまでに多くのタンパク質が試験管中で液-液相分離することが報告されていますが、それが細胞の中でも起こっているのかは慎重に検証する必要があります。