NISTEP注目科学技術 - 2023_E247

概要
海洋回遊生物の生態履歴解析と環境応答の理解

海洋はその広大な面積とアクセスの制約ゆえ調査が困難なことから,海洋生物の回遊生態や環境因子と生態の関連性は理解が進んでおらず,全生活史を通した回遊経路が特定できている海洋生物は皆無と言っても過言ではない.陸域と比較して直接観測が難しい海洋環境で「いつ,どこにいて,どのような状態で,何を食べていたのか」「それらが成長にどのように影響を及ぼすか」は海洋生態学の根源的な興味である.また水産学的な観点からは,資源の加入に貢献する集団がどの海域で生まれ,どのような回遊経路を経て再生産に至るのかを把握する事は管理方策を決定する上で最も基盤的な情報となる.
 生物組織の元素・同位体組成の分析などのいわゆる「地球化学分析」を用いることで,生物が経験した環境・生態を復元する手法は,実際に経験した履歴を個体レベルで調べることができるという点で強力な手法である.天然試料の分析手法の多くはまず地球化学で開発され,その後周辺分野に応用され発展する場合が非常に多い.地球化学の中でも生物と関連が非常に希薄な分野で発展した手法や,高度な化学的技術や知識を必要とする手法については,技術的な障壁の高さゆえに生態学への応用例は未だほとんどないため,その異分野展開は新たな研究領域の創造に直結する.一方で,地球化学的分析が高度になるほど分析可能な数が制限されデータが離散的になるという問題があるが,近年急速に発達した数値モデリング技術により,時々刻々と変化する海洋生物の生態と,地球化学的手法で得られる環境・生態・回遊情報の時空間的スケールのギャップをモデル解析で補うことができる可能性が示されつつある.

これらの海洋生態系の動態理解,すなわち人類の重要な食糧資源でもある海洋資源の動態把握は,今後の地球温暖化による資源変動予測に対しての最重要な基礎情報であり,まさに今,協力に後押しすべき研究であり,解析技術である。

現在技術的な基盤は確立し,これからどこまで応用研究が発展させることができるかは研究基盤の拡大と資金援助にかかっている。
キーワード
生態解析 / 環境変動応答予測 / 地球環境 / 環境保全 / 食糧資源
ID 2023_E247
調査回 2023
注目/兆し 注目
所属機関 大学
専門分野 環境
専門度
実現時期 5年未満
分析データ 推定科研費審査区分(中区分) 40 (森林圏科学、水圏応用科学)
分析データ クラスタ 51 (生物生態・多様性)
研究段階
技術開発と応用研究が進展し,応用発展で成果が出始めている段階に到達している。研究人材・資金の拡充によって,今後の環境変動に対する海洋資源の動態予測にも結び付く研究で,研究基盤の拡大が望まれている。
インパクト
 先端的海洋生態履歴復元技術が確立され,多様な種・多様な海域に研究を展開することで,それぞれの海域の異なる海洋環境に適応するために生物が選択した回遊経路の違いが検出可能となり,普遍的な生活史戦略の解明が期待できる.生物の分布と気候変動の関連,環境変動と生活史特性の関係,特定分類群の生態系内での役割や,隣接する生態系との相互作用など,陸域で先駆的に展開されつつある俯瞰的な生態学を海域に適用するために必要不可欠な学術的基盤となるだろう.回遊経路を決定する環境因子を特定し各海域間で比較することにより,多くが仮説の域に留まっていた生活史決定メカニズムを実証段階まで昇華することが可能となる.
 さらに,その波及効果は普遍的生活史戦略の解明にとどまらない.物質循環・食物連鎖・代謝・回遊など複雑な履歴を包括した積分値として反映される多元素同位体組成をパラメータとして用いることで,複雑な生態・生態系をモデル上で実証的かつ定量的に記述可能となる.元素・同位体ごとに動態が異なるため,多様なプロセスを再現することが可能である.生物生態の根源的理解と多元素同位体実証データ導入による生態系モデルの躍進は,複数の生態系間の相互作用・将来予測・進化史など,海洋では精度が足りず現実的でなかった新規領域の展開につながる.さらに,本手法は化石試料にも応用可能であり,地球史を通して変遷してきたと思われる回遊経路の変化と生物の適用的進化について,実証データとシミュレーションの融合解析が可能となる.加えて,気候学との連携により,将来予測の精度向上や環境変動との相互作用の解明への革新的な貢献が期待できる.つまり,過去・現在・未来,原子・生物・地球,全てを俯瞰できる領域に発展できる.IPCCの海洋および雪氷圏に関する特別報告書において,地球温暖化に加え,海洋酸性化,貧酸素化,貧栄養塩化が進行し,海洋生態系に多大な影響を及ぼすことが危惧されているが,実際に海洋環境が変化した場合に,どのように海洋生物が応答するか,回遊経路を変化させるのか,については不確実性が高く喫緊の課題とされている.先端的海洋生態履歴復元学による回遊メカニズム,生活史戦略の解明こそがこの不確実性を除去するブレークスルーであり,国連のSDGs#14の持続可能な海の利用に必要とされている科学的知識である.
必要な要素
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