NISTEP注目科学技術 - 2023_E223
概要
最近、酵素反応の高感度化と高精度化の両立を達成しうるユニークな手法が開発され、DNA増幅反応(PCR反応など)での応用が試みられている。メソポーラスシリカと呼ばれる多孔質のシリカ材に酵素分子を固定化することにより、酵素分子の周囲の反応環境場の制御・最適化を可能にする手法である。DNA増幅反応におけるエラー反応の最大の原因は、酵素分子の近傍でプライマー分子が一時的に増幅のターゲット配列以外と共存することにより増幅反応の阻害やエラー反応を引き起こすことにある。多孔質のシリカ材に酵素分子を精確に配向(固定化)することにより、前述の影響が低減され、プライマー分子のターゲット配列への正確な結合を促進すると共に、プライマー分子以外の反応阻害物質の影響も低減できることが明らかになってきた。
キーワード
タンパク質工学 / DNA / 分子 / 健康科学
ID | 2023_E223 |
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調査回 | 2023 |
注目/兆し | 注目 |
所属機関 | 大学 |
専門分野 | ライフサイエンス |
専門度 | 高 |
実現時期 | 5年未満 |
分析データ 推定科研費審査区分(中区分) | 27 (化学工学) |
分析データ クラスタ | 5 (分子生物学/薬理学) |
研究段階
原理(正確なメカニズム)の解明は進行中だが、現象としては明らかで、研究室で開発をしている段階にある。現時点では、酵素の種類によって有効性に差異が認められる。例えば、PCR反応に用いられるDNA増幅酵素の場合、好熱性細菌由来のタイプAに分類されるDNA増幅酵素(代表例:Taq酵素)よりも、好熱性アーケア由来のタイプBに分類されるDNA増幅酵素(代表例:KOD酵素)で、より有効性が高いことが確認された。応用として、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診断での、原因ウイルスのSARS-CoV-2のRNAゲノム上の特徴的な配列を逆転写PCR(RT-PCR)反応により増幅・検出への適用を検証中である。具体的には、感染者の微咽頭サンプルあるいは唾液サンプルからRNAを抽出し、その中にSARS-CoV-2のRNAの存在の有無をRT-PCR反応による増幅・検出で確定診断を行うが、現行法のRT-PCR反応の検出限界は50分子程度で、それ以下では偽陰性となる。また、微咽頭サンプルあるいは唾液サンプル中には、個人差があるが生体由来の反応阻害物質が共存するため、50分子以上であっても偽陰性となる場合がある。また、SARS-CoV-2の変異系統の解析はRNAゲノムの塩基配列の決定による変異の同定が必要であり、その際もRT-PCR反応が用いられるが、正確なRNAゲノムの塩基配列の決定(変異の同定)には、現行法で5,000分子以上が必要となる。それ以下では、RT-PCR反応におけるエラー反応の影響が無視できなくなり、高精度の配列決定(変異の同定)が困難となる。これら、診断レベルおよび変異の同定レベルのそれぞれにおいて、酵素反応であるRT-PCR反応の高感度化と高精度化の両立は、偽陰性の低減、正確な変異の同定に必要とされ、本技術は10分子以下での高感度かつ高精度の増幅を達成している。
インパクト
無機のシリカ材と生物の酵素のハイブリッドにより診断等で用いる酵素反応の高感度化と高精度化の両立が達成される原理(メカニズム)の解明が進めば、今後、様々な酵素反応への展開により新分野の創出や医薬品開発への応用など産業の発展にも寄与が期待される。
必要な要素
酵素分子を固定化するためのメソポーラスシリカ(多孔質のシリカ材)の合成方法は、独自のノウハウが必要であり、既に特許化しているが、それを広く社会で活用するためには企業レベルでの安定生産・供給の体制が必要である。国内では本技術の技術移転が可能そうな候補企業は2社ほど存在するが、無機のシリカ材と生物の酵素のハイブリッド酵素(一種のスーパー酵素)の生産・販売・流通も検討していく必要がある。