NISTEP注目科学技術 - 2023_E152

概要
博物館には過去に採集された生物標本が収蔵されている。こうした生物標本は形態や分布情報など、これまでに生態学や分類学に使用されてきた。しかし、生物標本にはそれだけでなく、同位体やDNAなどの分子情報が含まれている。過去の採集された生物標本の分子情報を用いることで、過去の情報に容易にアプローチできることから、生物標本はタイムカプセルとも呼べる存在である。しかし、生物標本の分子情報、特にDNAは長期間保存されているため、利用が難しいほど劣化が進行している。そのため、これまでの方法だと、ゲノム情報が分かっている種など、一部の利用に限られており、解析のコストも非常に高かった。
 そこで、DNAの劣化した生物標本における安価な解析手法の開発が期待されている。
キーワード
博物館標本 / ゲノム / 分子情報
ID 2023_E152
調査回 2023
注目/兆し 注目
所属機関 大学
専門分野 環境
専門度
実現時期 5年以降10年未満
分析データ 推定科研費審査区分(中区分) 3 (歴史学、考古学、博物館学)
分析データ クラスタ 51 (生物生態・多様性)
研究段階
現時点では、マイクロサテライトやターゲットキャプチャーなどの方法を用いることで生物標本の過去の遺伝情報が利用されている。しかし、これにはあらかじめ遺伝マーカーの開発が必要である。また、ゲノム情報の分かっている種では、ゲノムリシーケンスによって、全ゲノムの解析が可能となる。しかし、ゲノム情報の道な生物では本手法は適用できず、またコストが高い。現在はMIG-seq法が注目され、本手法を用いることで、植物を中心に生物標本の利用が進んでいる。しかし、あまり古い標本が利用できない、動物の剥製標本や昆虫標本では利用が難しい欠点がある。このため、安価で確実に実施できる抜本的な新規手法の開発が喫緊の課題となっている。
インパクト
本科学技術はもともと分子系統学や集団遺伝学など、一部の研究分野において使用されてきた。しかし、薬学や獣医学、育種学などの応用科学分野に極めて大きなインパクトを持つ。
 例えば、薬学的な利用としては、現在すでに絶滅してしまった生物からも遺伝情報や化学物質の利用が可能となるため、生物標本が新規薬剤の材料となりうる。また、育種学としても同様に、現在絶滅した植物なども、遺伝情報を利用することで、新規品種の開発に貢献できる。また動物の剥製標本から、感染症の罹患の有無を調べることで、過去の感染症の発生履歴を調べることができ、獣医学的な利用も期待される。
 このように、本科学技術は、応用分野に対し非常に大きなインパクトを持つといえる。
必要な要素
 現在、様々な新規遺伝解析手法が世界中で開発されており、それらの中には生物標本の解析に適していると考えられるものも少なくない。しかし、特に次世代シーケンサーを用いた遺伝解析手法は非常にコストのかかるものであり、研究予算が大きく不足している現状がある。そのため、まずは十分な予算をかけて、生物標本の解析に適した手法のスクリーニングが重要となる。